「なんか自分とキスしてるみたいだ」 上唇を挟むように、いつもに比べあっさりとしたキスを落としたシャマルは 顔を上げるとそう言ってさもおもしろそうに口の中で笑い声を転がす。 「は?」自分の声がまだ近いシャマルの顔に反射して、 くぐもったみたいに聞こえた。 蜂蜜色の瞳は、ぶれて二重に見えるほど近い。 「てめ、スケベ親父の顔と俺の顔が一緒って言いてーのか」 自分でも眉間に皮膚がめり込んで、皺ができるのがわかった。 別にシャマルと一緒の顔になること事態は、 キスしたりセックスしたりする場面を想像すると気持ち悪いが 個人的な気持ちからすると嫌なわけじゃない。 俺がしているのは、目の前のオッサンの視力の心配だ。 シャマルは少し遅れて、ふっと顔を緩めるようにして声を出さずに笑った。 俺の右頬に自分の頬を擦るようにしてじゃれてくる。 無精髭がじょりじょりと当たって正直痛い。でも好きなようにさせておく。 「違くて」 まだ口の中で笑い声を転がしていたみたいだ。 息を吐くようにして零した声は明らかに楽しそうだった。 「ハヤト煙草も夕飯も飲んでるもんも一緒だろ」 シャマルの肩越しに、テーブルの灰皿の上で 火を付けてから一回しか吸っていない煙草の灰が 二本、お互いの分が、今にも崩れそうに揺れている。 それを薄目で見て、ひとつ息を吐いて目を閉じた。 「で」 次を促すように俺に触れている反対側のシャマルの頬を 右手で撫でた。じょりじょりした感触がした。 「今俺と同じような味がした」 おまえそのうち俺になるのかもな、くつくつ笑いながらシャマルは呟いた。 ぽとりと、音なんて届かないはずなのに煙草の灰が落ちた音が聞こえた。 どっちの煙草かなんてわからないけれど、まるでそれが合図だったかのように、 俺はそっと閉じていた目を開けた。 シャマルは右側から真正面に向き直る。ちろりと、舌が見えた。 蜂蜜色の瞳と、黒い少し癖のある髪の毛、長い睫毛、無駄な下睫毛、 無精髭が生えながらも綺麗な肌、濡れた赤い唇、それを舐める舌。 さっきまでぶれていたはずの距離でも、今はすべてが見えてるみたいだ。 確かめるように、右頬に当てたままの手のひらを滑らせる。 瞳で確かめたはずのひとつひとつを触って、もう一度感じる。 シャマルは猫みたいに目を眇めただけで、されるがままになっていた。 (これ、になれるものならなってしまいたい) 唇の輪郭をなぞると、口角をあげるだけで笑ってみせる。 それに気をとられて一瞬離した手の隙を狙ったように、シャマルの顔が近づいてきた。 動きによって、ふわりとシャマルの匂いが鼻を掠めた。 いつも感じる甘いコロンの匂いじゃなくって、さっき吸った自分と同じ煙の匂い。 それを吸って、シャマルの舌が歯列をなぞったのを感じて、また目を閉じた。 (だって、なれたならさ、全部アンタは、)サルフリックアシッド
唇を離したあと、シャマルは馬鹿にするような口調で一言「苦え」と呟いた。 灰皿では重なるように煙草が崩れていた。