見上げても景色は変わらず、ただ白い天井だった。
カーテンで仕切られた向こうから、シャマルの鼻歌が聞こえる。

ごろりと寝返りを打つと、いつも寝ているベッドとは違う
学校独特のごわごわとしたシーツの感触が頬から伝わった。

ああ、匂いがしない。
安眠剤になるはずの、あの匂いがしない。
いくら白いシーツに鼻を押し付けても何も解決はしなかった。

眠れなくて寝にきたのだけれど、一向に眠気は訪れない。
グラウンドでどこかのクラスが体育をやっている声が、遠く遠くに響いている。


ギシリ、とスプリングが軋んだ音がした。

だけれど自分は動いていなかったので、シャマルが椅子から立ち上がったんだろう。
どこかに行くのだろうか。
帰ってくるまでひとりでこの空間にいるのが嫌で、
とりあえず寝る努力をしようと目を瞑った。目蓋の裏を見つめるように。

ドアが開く音がすると思ったのに、
保健室に響いたのはカーテンが乱雑に開けられる音だった。


驚いたけれど目は開けなかった。
どうしたんだろう、という興味もあった。

カーテンが開けられた風で、シャマルの甘いコロンの匂いがした。


途端に少し目蓋の裏の黒が、とろみを帯びた。

またスプリングが軋む音がして、俺の太もも当たりが何かに圧迫された。
シャマルが座ったんだろう。



「何だ、ちゃんと寝れてんのか」


寝れてるかバカ、と目を閉じたまま頭のなかで相槌を打つ。

空気が動く気配がして、シャマルが身体を圧し掛かるようにして、
俺の髪の毛を混ぜるようにして撫でた。
シャマルの手は大きくて硬くて、少しかさかさとしている。
ゆっくりとしたその仕草に、その手が頬に当たる感触が思い出された。


大人の男の手のイメージは、いつでもシャマルの手だった。

小さな頃からよく屋敷の中で引っ張ってもらっていた。
拗ねて部屋を逃げたときも、勉強がしたくなかったときも、
庭に連れ出してもらったときも、ピアノを聞かせたときも、
全部連れて行ってくれたのはかさついた大きな硬い手のひらだった。

一人でも歩いていけるけれど、
できれば誰かに導いて欲しかったし、誰かを引いて行きたかった。
あの頼れる手に少しでも近づきたかったし、欲していた。
そんなときに頭の中で思い描いていたのは、いつもシャマルの手だ。


今顔の近くに置いてある自分の手は、少しでもその手に近づけたんだろうか。


ふと、シャマルの手が俺の手を掴んだ。
ゆるく握られていたそれを、ひとつひとつほぐすように遊ぶように触る。
火薬を扱うせいであまりしっとりとしていないそれは触ってもつまらないだろう。

ひとつ息をついて、なんとなくシャマルが俺から離れそうだった。
反射で、俺の手のひらで遊んでいたその手を掴んだ。


「ハヤト?」


声が呆れた笑いを含んでいる。きっともう俺が起きていることにも気づいている。
俺は気づかれていることに気づかない振りをして、
その手をやわらかく握った。大きくて熱かった。





palm (手のひら、手のひらで隠す撫でる)

眠りに入る直前に、甘い香りが熱い感覚と共に唇に触れた。

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